倖せ人生補完計画(仮)

☆ワタシの人生、ネタの宝庫☆

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

ブログもなんだか

なぁなぁでここまで来ました。

 

方向性は決まってるけど

書く内容もてんこ盛りだけど

まとまらないっていうか。

 

インフルエンサーってすごいなぁ。

 

しかし·····

手帳の引越しが終わらない!!!(笑)

 

正月もあっという間に過ぎた

ヤギでした~🐐

 

ダメ調停委員はチェンジせよ

私の離婚の場合

家庭裁判所の調停を思いっきり活用しました。

というか、DV関係の離婚の場合は

長引くけど、絶対に必要だと感じています。

 

・・・・・・しかし。

 

調停委員は選ばれし人・・・

と言っても

当たりハズレがとにかく大きい。

 

ちなみに、調停委員は判断を下したりするのではなく

伝書鳩のようにお互いの言葉を伝え合うための

間に入って話を進める役目の人(男女ペア)です。

 

私の場合、3年近くかかっての調停離婚だったのですが

 

 

モラ夫からの調停申し立て(1年目)

 

男調停委員、モラモラ調停委員でかなり馬鹿にされ卑下される

女をバカにする言動 

なんだったら、モラ元夫(の文章)と一緒になって責めてくる

女調停委員、穏やかな笑顔で横にいるだけ・・・

最後には、面会交流を盾に

親権は向こうに移るよって脅される。

 

モラ夫からの調停不成立で取り下げ

 

 

モラ夫からの調停申し立て(2年目)

 

こちらが弁護士つけたら、スーツの襟に菊のバッジ付けてる人来た!

真摯に話を進めてくれる・・・

しかも、きちんと話を聞いて、きちんと事を進めてくれる・・・

特に男性調停委員

なんだ・・・これは。

弁護士の威力なのか・・・1年目と全く違う・・・。

 

モラ夫からの調停不成立で取り下げ

 

 

こちらからの調停申し立て(3年目)

 

2年目と同じ調停委員。

弁護士さん曰く、同じ人がつくのは珍しいとのこと。

この時のモラ夫は、離婚を酷く焦っていたらしく

皆で

『結婚を約束するような彼女でも出来たのか・・・』

って話していた。

金銭面で取り決めるのも、今が勝負って感じでさくさくっと

おおかた、こちらの希望が通る形になった。

 

ところが。

 

最後の最後、いざ、離婚調停が成立し公正証書を、と言う時に

調停委員の女性の方が辞任した、と。

新しい方が担当になったのだが

この方、スーパーウーマン!!!

 

私の味方のなってくれて

「本当は○○の方がいいけど」

と前置きありつつ

「相手側、子育てとか一切無理そうだから

 ここで一気に畳みかけましょう」

と、こちらの希望がほぼほぼ通る形で

公正証書をやっつけてくれました。

 

以上、調停委員も本当にピンキリで

当たりハズレが大きい。

 

けど、私の1回目の調停のように

あまりにも酷い場合は、チェンジすることも出来るので

ぜひ、家裁に相談してみてください。

 

どうしても、DVを受けてきた人にとっては

周りがみんな敵に見えてしまう時があります。

でも、ちゃんと相談に乗ってくれる人もたくさんいるし

優しい言葉をかけてくれる人も

手助けをしてくれる人もちゃんといます。

(注:悲しいけど、そうじゃないひともいます)

 

だから、誰かを頼ったり

助けてって発信したり

NO!って伝えたり

してもいいんです。

 

自分自身と我が子のためにも

安心して生きていける未来を

周りの力を借りつつ、築きましょう!!

笑う

私は、幼少期の記憶が殆どない。

しかも

両親が笑顔だった記憶がない。

探しても、見つからない。

 

たくさんおしゃべりしたり

キャッキャ笑ったり

ふざけたり

わーいってテンション上がったり

 

そんな記憶がまったくない。

 

(私が)怒鳴られたり

(両親が)喧嘩してたり

 

そんなのはよく覚えている。

 

小学生のころ一度だけ

なんかよく分からないけど

夏祭りの日だったかな。

仲良い姿が見たくて

そうあって欲しくて

たまたま

ふたりが並んで歩いている姿が目の前にあって

ワタシが写真を撮った記憶が、なんとなくある。

 

あれ?私はカメラを持っていなかったよな・・・?

そんな高級なものは持たせてもらえなかったし

ただの私の願望の記憶だったのか・・・

それでも、その記憶だけは鮮明に自分の中に残っている。

 

私は未だ

上手く子育てが出来ないお母さんだ。

感情のコントロールは下手だし

人付き合い(PTA)は苦手だし

稼ぐことで、学校行事もあまり参加できていない。

 

だけど、あの頃ワタシが求めていた

「お母さんの笑う顔」

は、我が子にはちゃんと映っているだろうか。

そうあってほしいな。

 

いっしょにわらう。

 

いっしょにたのしむ。

 

我が家で大切にしていること。

おふくろの味・・・?

『週末は実家(隣県)で過ごしたい』

とモラ元夫に逆らえるはずもなく

モラ夫の仲間遊びの日以外は、ほぼ、義実家に連れていかれることに。

 

ただ、カルト宗教家に足を踏み入れるのが本当にイヤで

なんとかかんとか都合をつけつつ断っていたけど・・・

それでも、なかなかの頻度で行っていました。

 

晩ご飯を食べて帰ってね

 

と義母は言うが、正直帰りたい。

今すぐ帰りたい。

 

だって、この家族の過ごし方、変なんだもん。

食べ物の味もおかしいんだもん。

 

みんなで集まっているのに

テーブルをみんなで囲むことはなく

食事は各家庭ごとにローテーションで席につく。

 

ご飯はみんな味がしない。

というか、まずい。

 

一度、料理支度中の義母から

「嫁ちゃん、お鍋(グリル鍋)の様子見て、おたまでかき混ぜといて」

と渡された鍋の中身が不明。

どろっどろの泥水のような色をしたつゆの中に

具材は溶けかかったニラ(たぶん)と煮込まれた『何か』。

 

いざ実食となっても、お箸でつかむものがない・・・

やっとすくってニラの溶けかけたものが2~3本

箸にひっかかるだけ・・・

肉も入っていたようだが、

こま切れの

さらにこま切れ肉がちょろっと。

 

そこでモラ元夫がひとこと。

 

「これが我が家の味だ!!

 お前、覚えとけよ!!(ドヤッ)」

 

絶対、これ家で再現して出したら

モラハラ受けるやつ・・・

ってか排水口直行されるやつ・・・

「オレにゴミ食わせる気かーーー!!!」

って怒鳴られるやつ・・・。

 

だからか・・・

モラ元夫が味音痴だったのは。。。

 

ちなみに、変味第二位は

「よく分からない初めての味の

 ミートソーススパゲッティ」

でした。

 

通院終了!

手術後の通院

晴れて終了となりました~!

何事もなく終わってよかった!!

 

あともうひとつ、経過観察で

大きな病院に通院しなきゃいけないけど

これはこれで、一区切り。

 

おつかれさん、ワタシ。

 

自由時間

おはようございます☀

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やりたい事をするには

時間を作ればいい、とは言うけれど

仕事で疲れて帰ってきて

晩ごはんの片付けまで終わったら

のんびりしたいし

朝活もしてるけど

のんびりする時間も欲しいし

 

頭空っぽにする時間も必要だよね

 

ってただの言い訳かな(笑)

虐待のかたち

夫(当時はモラ夫とは思ってなかった)に我が子を任せられない

私が守らなきゃ

と思った出来事。

 

①ニュース『父親が保育園への送迎途中、少し社に寄って仕事、が夢中になり、車内放置で子ども死亡』

 →「あはは、俺もありそーーー!!!」

 

②信号待ち、ベビーカーが車道へ出てたので注意。

 →「俺が無事ならいいかなーって。(てへっ)」

 

③(私)たまには、絵本とか読んであげて。

 →「うさぎさんが、ほら車どーーん!!!死んじゃったねーーー!!!(笑)」

 

④義家族新生児のチャイルドシート取付問題。

 →モラ夫から義家族へ「こういうのはしっかりつけないと!俺がつけてやる!!!」

 →モラ夫から我家族へ「こんなんテキトーでいい!!俺の運転が信用できないのか!!!」

 

⑤高層マンションのベランダで。

 →「このヘリ(ベランダの柵)でお昼寝させたいな~」と言って立たせて手を離す(たっちがやっと)

 

⑥モラ夫起きがけ、朝勃ちテレビ視聴中。ハイハイの我が子がモラ夫のもとへ。

 →「そこはねぇ、あっはぁ、さわっちゃだめぇ。(ノーガード)うふふふ。」

 

⑦子の将来のことを話していた時。

 →「いつまでお風呂、一緒に入ってくれるかなぁ~。。。高校生くらいまで入ってくれたら~~。そしたら、大人になっても入ってくれるかなぁ・・・さすがに我が子はヤバイかぁ~(笑)そしたら、我が子のトモダチ関係に賭けるかぁ!!!(笑)」

 

ヤバすぎるでしょ。

それら、犯罪ですから。

虐待です。